小説作品集


痩せ小説
  • 生きてゆくもの

     入院患者高階由乃はいままでの無理がたたって仕事中に倒れ救急搬送された。聞けばストレスを抱えすぎてしばらく食事も睡眠もとれなかったと言うこと。だけど彼はにこにこと笑って、いつも元気だと言うように応対する。その、痩せた身体で。「日野くん、高階…

  • 家出の顛末

     十七の春、彼曰く家出という名の冒険をして十八の誕生日の前日に帰って来た。高校の同級生だった。しかしその姿は酷く痩せやつれて過去の面影の一つもない。「やほ、元気だった? 藤谷」「いや、俺は元気だけどさ……どうしたのお前」「世間は容赦なかった…

  • 理由(例えばその存在について)

     夕方、まだ眠っているかもしれない「彼」を案じて藤間史緒(とうましお)は音を立てないように鍵を開けた。薄暗い部屋で、テーブルの上には手つかずの朝食。横になっている背中がうっすらと見えた。静かに背中は上下している、大丈夫だまだ生きている。 そ…

  • 置き去りにして

     師走を過ぎて、冷たい風が通り抜ける。誰もいない家ではいくら食事をしなくても怒られることはない。体重計はないし姿見もないから自分の客観視は無理と言うもの。でもそれで良い気がする、このまま誰にも知られないまま静かに雪のように溶けてしまいたかっ…

  • 対岸から

     夏、岬の兄である晴哉の帰宅は五年ぶりのことだった。両親の離婚で離れてから、岬は彼に会うこともかなわず、仕事人間の父と二人で小さなマンションで静かに暮らしていた。高校一年生の夏、母方の親戚の男性から兄についての急遽連絡が来るまでは。「入院し…


肺病小説
  • 息もできない

    再会の日。明日は一年ぶりの彼の帰宅だった、東京の大学最後の夏休み。はるか遠いこの土地でも、すでに夏は訪れている。「ゴホッ、ゲホン……ッ」この半年肺を患い寝込んでいる。このことは彼には言ってはいないことだった。一方、彼からと言えばたまに葉書が…

  • 早々

     今日は一日体調が良い気がしていたから昼間は縁側でさびれた庭の池を見ながらすごしていた。しかし、そうして身体を起していたのが悪かったらしく夕方になったら熱が出て、咳も止まらないから息苦しい。なに、深夜まで誰もいない家だ。多少うるさくても誰も…


体調不良小説
  • 薫風水魚

    「はじめまして、薫。僕は眞田理瀬(さなだりせ)、君のお母さんの弟だよ。これからよろしく、楽しく暮らそうね」 眞田薫(さなだかおる)は中学三年生、実母の失踪によりこの街にやって来たのは春の終わり。いわゆる叔父にあたる理瀬はまだ二十三歳で親子ほ…

  • 兄さんは悪くない

     今から思いだしてみれば、母の兄に対する悪意を含んだ感情は度を超していた。僕に対しては何気なくやり過ごすのに、兄には執拗に責め立てる。例えばシャツのボタンをなくしただけで、彼女は躊躇なく兄の頬を叩いた。そんな母が亡くなって、今年で五年がたつ…

  • 蝉が去った

     大音量の蝉の鳴き声で目を覚ます。しかしまだ季節は夏にはまだ遠く、やがてそれが昌己自身の病んだ耳鳴りだと言うことに気がついた。「おい」 寝転がっていた天井、じっと見下ろしている野瀬の顔。しかし頭を動かすと眩暈がするから昌己は黙って目を閉じて…

  • 純情の青

    「ね、ね、櫻庭さん、宿題見せてください!」「また忘れちゃったの?」「家で考えてもわからなかったのであきらめたんです」「そっかぁ……じゃ、このお弁当食べてくれたら」 有馬直生(ありまなお)は物覚えが悪い。今日の英語の課題だって授業を受けていた…


貧血小説
  • おかえりの日

     大卒から五年勤めた会社を体調不良で休職している間に、古い友人は医者になったって。久しぶりの冬休み、この街に帰ってくる彼を、俺はどうやって迎えたらいいのだろう。 一人暮らしのこの家も、もうすぐでていかねばならないかもしれない。日々の過労によ…