孤独の群-05ヒトナミ展覧会

「なあ、リャム。今度の休み遊びに行こうぜ」
「どこに?」
「お前が行きたいところでいいよ、その辺は任せる」
「誘った割に丸投げだな、ああでも一つ興味深い催しがあるんだ」

 ミヤツカにそう言ってリャムは何かに想いを寄せるような、少しだけいつもよりうっとりと夢みがちな顔をした。

 ***

「……休みの日に、楽しいか?」

 その週末に、ミヤツカとリャムは中心街にある展覧会にやって来た。『ヒトナミの過去と現在展』、ともすれば学校の授業の一環で来そうなところでもあったが。
 入場券を買った二人は会場内を巡って行く。展示されている今では珍しいユオシリーズとか、思えばミヤツカの子供の頃にやって来たヒトナミも初期のユオシリーズだった。

「見てミヤツカ、ファーストタイプ・ユオだ、昔、僕の家でも働いてくれた」
「ああ、俺んちもいたなあ。家事炊事を手伝ってくれたし、力仕事も得意でさ」
「顔の割に力はあるんだよね。ただやりとりがうまくできなくて、それがもどかしくって僕は幼いながら彼を改造しようとした」
「か、改造?」
「ちょっとプログラムと部品を変えただけだよ。だけどそのせいで彼は壊れてしまってますます意志の疎通は出来なくなってしまったのだけれど」
「恐ろしい子供だな、お前」
「そう? どうせ一緒に暮らすのならわかり合いたいし、お互い快適に暮らしたいだろう」

 お互い、その言葉は少し引っかかるところがある。あくまでヒトナミは人間ではなく、家電の一種と捉えられているのが一般的だった。そこに意志の疎通は必要なのか。

「やがて動かなくなったヒトナミを廃棄に送り出すのは寂しかった、彼らは五感もあるんだよ。それでも使えなくなれば身体をばらばらにされて、一部の部品は再利用へ。僕の家にあったヒトナミもこの世界のどこかで部品だけはまだ生きているのかもしれない。だけどそれでも僕にとってヒトナミは紛れもない家族だった」
「……まあ、そうだな。うちシングルマザーで、母さん仕事から帰ってくんの遅かったから、俺のいわゆるベビーシッターだった」
「いないとどこか寂しい存在、そこに情を抱いたのは僕ら人間だけなのか……彼らに聞いてみたいけどね、ヒトナミが心から紡ぐ言葉を僕は聞いてみたい」

 初めてリャムの本音を聞いた聞いた気がした。彼のヒトナミについての情熱は、かつてのミヤツカも抱いたものにどこか似ている。ヒトナミ研究を選ぶ人間なら誰だって一度は通る感情だろう。ヒトナミは確かに、生きている。
 展示を一通り観終わった二人はどこかに食事に行こうと言うことになった。そのあとに古書店街に寄りたいとリャムが言うので、電車で乗り換えて数駅向こう。ヒトナミ展の終わり、出口付近に数人のグループが名刺交換をしている。この展示の関係者だろうか。しかし、その中には一人見覚えのある赤髪がいる。あの派手な姿は誰だって一度見れば覚えてしまう。

「おやミヤツカ、あそこにいるのは」
「……見るな。行くぞ、リャム」

 向こうは気がついてはいないようだった。グレッダ・リーン、学園では助手と言えどヒトナミ界では有名人だ。確かに彼の論文は悔しいが興味深いものもある。ミヤツカは目が合わないように下を向いて足早に会場からリャムを促し離れて行った。

 ***

「ああ、今日は楽しかった。楽しかったよ、ミヤツカ」
「お前が良いなら良いけどさ、これ、買い過ぎじゃあないか」

 多少興奮気味でいつもより言葉数の多いリャム。駅前洋食店でおそろいのオムライスを食べてから、二人は古書店街へ。リャムは携帯電話のメモを見ながら、並んでいる本を見定めては購入して、ついに自分じゃ持ちきれなくなった。ミヤツカを荷物持ちに、まだ見て回ると言って時刻はやがて夕方になった。規則で七時までには帰寮しなければならないから、夕焼けの中紙袋に大量の書籍を持って二人は学園寮に向かう電車の中。こんな大量な本、いつ時間を作って読むと言うのか。そろそろ本格的に授業もスピードが加速する。日々の課題、提出物も多い。それでも今日の嬉しそうなリャムが可愛くて、隣にいるミヤツカも笑みを隠しきれなかった。

「リャム、飯行こうぜ」

 帰寮してしばらく、夕食の時間になった。しかしリャムは本棚の整理に夢中になっている。

「おい、リャムってば」
「僕はいいよ、食べてきて」
「お前、食事抜くなよなあ」

 それでも頑固として食堂に行かないリャム、そこへ部屋のインターフォンで連絡が入る。リャム・ルーに面会希望者が来ているから、いますぐ玄関横の面会室まで来るように。

「面会? 誰だ」
「さあ、そんな予定はなかったけれど……行ってくる」
「おい、飯!」
「面会が終わってからにする」

 ***

 今日はリャムにとって楽しい一日であった。しかし、少々お金を遣いすぎてしまった気がする。
 あまり無駄遣いをするわけにはいかないのだ。学園の特別奨学金生として毎月それなりの金額は支給されるが、何しろリャムは兄弟が多い。一つ下の弟なんて今年十六歳で進学したばかりだ。これからますますお金がかかるだろうから、可能な限り少しずつ貯金しておかないと……。

「すみません、リャム・ルーです。面会だと聞いたのですが」
「お客様は面会室でお待ちですよ」
「あ、はい」

 一体誰が面会に来たのだろう。受付で言われた通り面会室にリャムは向かう。ドアを開けてそこにいたのは、なんて懐かしい顔。
「兄さん! 久しぶりやなあ」
「カリンか……? 何だ、大きくなったじゃないか」

 カリン・ルー、リャムの一つ下の弟で同じ黒髪に身長はもう兄を超えている。もう何年も会っていなかったその弟の懐かしい笑顔に何だか感極まってしまって、リャムは思わずくちびるを噛んだ。

「学校の研修旅行で首都まで来たから自由時間によってみたんや。なんか兄さん小さくなったなあ」
「君が大きくなったんだよ、カリン。今年から美術学校だって? この前電話で母さんに聞いたよ」
「うん、建築美術の専攻でな、いつか父さんみたいに家を建てたいんよ」
「みんなは元気?」
「ああ、チビもだいぶ大きくなったで、兄さんのおかげでみんななんとか食えてるわ。食えてないのは兄さんやないの? だいぶ痩せたやろ」
「僕は偏食が過ぎるだけだから。みんな元気ならよかった、いい加減休みにはそっち帰りたいんだけど、交通費が痛くて」
「首都はえらく遠いんやね、おれも初めて来て驚いたわ。土産買って帰らんとなあ」
「みんなによろしく言っておいて、僕は元気だってさ」

 リャムの実家、春南海市までは電車で早くても六時間はかかる。気候の良い海の近くの地方都市で、穏やかな自然が残る街。リャムの両親が駆け落ちして、住居を構えたのが二十年前、数年後に生まれたリャムはその自然に囲まれて育つ。すぐに生まれた弟のカリンといつも走り回って遊んでいる子供だった。幼い頃のリャムの方が今よりも元気で健康的だったのは間違いない。

「なあ兄さん、養ってもらってる立場で言うことやないんだけどさ、そろそろ自分のために生きてな? 兄さんが学校卒業する頃にはもうおれ働いとるやろうし、仕送りとかも気にせんで良いから」
「……僕は僕にできることをしているだけだよ。カリンもいっぱい勉強して、どうか後悔のないように」

 その言葉に心がいっぱいになって、リャムはカリンに笑顔を向けるので精いっぱいだった。この道を選んだことに後悔はしていない。でも自分のために生きているか、そう問われてしまうと……。

「また元気で会おうな、兄さん」

 ***

 リャムが帰って来ない。もうそろそろ夕食の時間も終わってしまう、この時間の外出は原則出来ないからまだ面会しているのだろうか。一体誰と? 学校外にも明らかに友人はいなさそうだけれど。その時、静かに部屋のドアが開いた。

「リャム! 何してたんだよ。そんなに話でも弾んでたのか?」
「別に、そう言うわけじゃ……」
「おい、リャム、どうした?」

 帰っては来たもののその顔色があまりに悪いから、慌ててミヤツカはリャムに駆け寄った。その時、急にリャムが咳き込み出す。

「リャム!」
「な、なんでもな……ゲホッ! ゲホゴホッ、ゴフッ!」

 ミヤツカの肩をつかんだ手が震えている。そのままずるずると力が抜けて座り込んだリャムをミヤツカが抱きとめた。

「ゴホゴホッ! ック……ッ、ゴホン! ……ゴフ、ゴホンッ……」
「リャム、落ち着け、ゆっくり息出来るか?」
「……ッ! くるし……ゴホッ、ゲホンゴホッ! ……う、ゴホッ……ケフッ、っ……」
「おい、リャム? おい! 大丈夫か!」

 ひどく咳き込んで瞬間、そのまま意識が落ちたリャムの身体から力が抜けた。慌てたミヤツカが抱きとめるが、答えもないまま喉を鳴らした呼吸が苦しげに続いている。ミヤツカはリャムの名を呼びながら慌ててその身体を抱き上げ、医務室に駆け込んだ。